前津小林文庫 史料整理報告書(2019年度)

角田朋彦

名陽旧覧図会』について

 

 前津小林文庫には、『尾張名陽図絵』『尾張志』『張州府志』『尾張国名勝地志』『名区小 景』『知多土産』『尾張国神社志料』『尾張国愛知郡誌』『尾張国知多郡誌』など、尾張国 に関する多くの地誌類が収集されている。ここで紹介する『名陽旧覧図会』も、そのうち の一つである。

Research 2019-2-Meiyou

 本書『名陽旧覧図会』は、8丁の料紙に茶褐色の表紙をつけ四つ目綴じで綴じた竪本型 の筆写本である。表紙には直接『名陽旧覧図会』と表題を記している。また、内題に当た る部分に同じく「名陽旧覧図会」と記しているので、本書が『名陽旧覧図会』を筆写した ものであることが理解できる。

 内容は、「大須裏門」に始まり、「本重町通」「富士見原」「煎餅売」「あんぽんたん」「大曽根成就院」「堀川北堀留」「土平飴」ほか、名古屋の地名や名物などが散見される。そ して、それぞれにかかる俳句や解説などに挿図を付して説明するものとなっている。

 では、この『名陽旧覧図会』とはいかなる書物か。じつは『国書総目録』にはこの書名 のものが載っていないため詳細が確認できない。そのため、内容や記載された事項から類 推していきたい。

 まず、内題の下部には「高力新蔵猿猴菴主人著」とあることから、作者は高力猿猴庵種信であることがわかる。高力種信(1756~1831)は300石知行の尾張藩士であり浮世絵師としても活躍した人物で、『東街便覧図 略 』『画誌卯之花笠』『尾張劇 場 事 始 』『熱田正遷宮絵図』『萱津道場 参詣記』『北斎大画即書細図』『御鍬祭 真景図 略 』『笠寺 出現宝塔絵詞伝』ほか、多くの作品を残している(『原色浮世絵大百科事典』)。本書も高力種信によるものと考えてよい。

 さらに、「本書の筆者六之は、紙漉町に住し、通称川崎六之丞、天保より明治の初の頃に亘り、名府下有数の茶人として知らる。 男 千虎、画家として宇内に其名高し、」という 奥書が裏表紙に記されている。この奥書は、おそらく本書を入手した山田幸太郎氏のものであろう。それによれば、本書そのものを筆写したのは川崎六之(六之丞)という人物で あるという。川崎六之(1807~81)は実名を茂春といい、高力種信と同様に尾張藩士で浮世絵師であり、茶道・俳句にも親しんだ人物とされる。茂春の息子千虎は東京美術学校の 教授などを務めた日本画家である(ともに『原色浮世絵大百科事典』)。