前津小林文庫 史料整理報告書(2020年度)
野村朋弘(京都芸術大学)
和装本の史料整理の中で、特に筆者が注目した資料が、いくつかある。
まず仮番号 0984 の「租調考」である。著者は三浦千春で、明治 2 年成立のもので、古典籍総合目録データベースで確認すると茨城大学、バークレー大学、豊橋美術博物館のみ 現存しているという。
次に仮番号 0673 の「大日本国総風土記」である。風土記は常陸(仮番号 0111、以降括 弧書きの番号は仮番号を示す)、出雲(0113-0114)、豊後(0671)、肥前(0672)がある。
「大日本国総風土記」は奥書に「嘉暦二年、左中将藤原元隆写之」とあるものの同年に 元隆という左中将は存在しない。これは日本惣国風土記の一つで、古風土記に仮託した後 世の偽書である。偽書の風土記としては武蔵(0112)、尾張(0132)と所蔵されていた。
偽書の風土記については、立岡裕士「日本総国風土記」分類の試み」が 2009 年の日本 地理学会で報告されているもののみであり、今後の偽書研究で対象ともなる史料といえよう。
続いて「諸国名産食品録」(0023)は吉田平九郎の作で、写本としては、武田科学振興財団のみのようである。吉田は江戸後期の本草学者であり、その作を尾張藩士であった細 野要齋が写したものが本文庫に所蔵されている。
表題の通り、諸国の名産品が図とともにまとめられており貴重なものである。
この他、筆者が最も注目したのが、「慶応熱田遷宮記」(0037)である。
作者は本居宣長の門人である林相模守美香で、本文庫のものは「島田蔵書」の印がある。 幕末の慶応年間に行われた熱田神宮の遷宮に関する記録であり、写本としては、東京国立 博物館の明治期の写本と、名古屋図書館の写本がある。名古屋図書館のものは社家の粟田 稲城氏の所蔵本である。名古屋図書館のデジタルアーカイブで確認すると、市史編纂資料 のもので市 4-48 と架番号が付されている。この名古屋図書館所蔵本は写本である旨が奥 書より分かるが、本文庫所蔵の「慶応熱田遷宮記」には写本である奥書がない。また林美香の花押もしっかりしており、自筆本である可能性もある。
林美香の作にかかるものは「元服概略次第記」(0040)もあり、これも「島田蔵書」の 印がある。