前津小林文庫 史料整理報告書(2020年度)
角田朋彦
『聞見留』について
本史料の『聞見留』は、表紙・裏表紙を含め26丁の料紙を袋状にし四つ目綴じで綴じた 竪本型の筆写本である。表紙には直接「聞見留」と表題を記し、かつ「富加屋仲助扣」と もとの所有者(筆写者)の名前を記している。この「富加屋仲助」については、現在のと ころ詳細がわからず、今後調査を行っていく必要がある。
さて、本史料の内容は、安政2年(1855)10月に南関東で起きたいわゆる安政江戸地震 から明治3年(1870)筆写の「酒造方定」まで、15年間にわたる各種事件の聞き書きであ り、いわば「御用留」の類となっている。以下に記載されている事項22件を列挙していく。
1「江戸六日出来状之写」。「安政二、十、二 江戸地震」の朱書きが加えられている。
安政2年(1855)10月2日に南関東で起きたいわゆる安政江戸地震の状況を写したもので(「安政二年卯十月六日」)仲助28歳のことと記されている。
2「名仕大名」と題された20名の大名の名簿で安政5年10月筆写となっている。
3「安政七庚申年三月三日 御用番様江御届」。「桜田門ノ変」と朱書きがあり、いわゆる桜田門外の変の状況を記したものである。 (普請) (棟)
4 表題不明。「一、京都御本山御ふしん出来、御むね上、三月廿九日ニ御座候、」等3か条の条書で「安政七庚申年閏三月七日写之」と筆写年月日がある。
5「御国御代官□□」と記し、鳴海・北方など11か所12人の代官の名簿。
6「江戸表状写」。慶長金武蔵判・元禄金など金子の書上げ。
7 表題不明。安政元年6月14日の伊勢四日市地震に関する書付。
8 万延2年(文久元年)2月13日に起きたいわゆる「文久西尾地震」に関する記録。
9 明恵上人の伝説。
10「京都より江戸江御姫様御出之事」。木曽路通行のため人足など割り当ての書付。 (上洛)
11「天下様御城楽被成之事」。「元治元、正、十四、家茂入京」の朱書きがあり、第14代 将軍徳川家茂の2度目の上洛に関する記録。
12「世間□と騒動ニ付江戸表より御役人衆」。海岸巡見に関して村役等の書付。文久3年か。
13「大和騒動大坂より来状之写」。「亥(文久3年)九月十六日 是ハ十四日大坂へ□進状写」とあり、大和国で起きた天誅組の変に関する記録。
14「内裏守護御固大名方」。「亥(文久3年)十月八日写」とある。京都守護職や「内裏九門」などの警護を担当する大名の書上。
15「元治元年甲子年 京都廿日出来状之写」。元治元年(1864)7月19日に起きた「禁門の変」とも「蛤御門の変」とも呼ばれる事件の記録。
16「慶応弐年寅五月御上様御改写之 御勝手御用達農方」。
17「慶応弐年寅五月御上様へ御書上ケ之写 固□衆」。
18「新御用達 鳴海御陣屋下御用達」。
19「慶応四年辰正月十六日写」。鳥羽伏見の戦いほかの記録。
20 表題不明。明治2年の和宮上洛に関する記録。
21「尾張国酒造株高写」。明治3年正月の写。
22「酒造方定」
さらに奥書として「大正十三年七月三日、一見了(花押)」の朱書きがある。花押は山田幸太郎氏のものであり、幸太郎氏が大正13年(1924)に入手していることもわかる。
以上、非常に簡単ではあるが、『聞見留』を紹介してみた。これらの記録を書き留めてきた「富加屋仲助」なる人物については、さらなる調査が必要であろう。また、書き止め られた事件・事項の記録についても、さらに深く追求していく必要があると考える。さらに関連する史料があるかどうかも探していかなければならないだろう。
これらのことが明らかにされることによって、これらの情報が名古屋にどのように届いていたのか、名古屋ではどのような情報を必要としていたのか。江戸幕末という激動の時 代のなかにおける情報のあり方について、その一端が解明できるものと考える。